(40)秋葉山秋葉寺
秋葉山秋葉寺
山頂にある秋葉山秋葉寺は真言宗醍醐派に属し、本尊は秋葉三尺坊大権現で、元亀4年(1573)駿州岡清水の領主となった天野小四郎景直の手により、遠州秋葉山よりこの地に移された。三尺坊が鎮火の法に通じていた為、秋葉山は火伏の神として崇められている。住職は峯本院・栄松院・福昌院の三院が1年交替で務めている。毎年12月15、16日の大祭は、この付近第一のお祭りで、火渡りの行事は有名である。
境内の建造物
・秋葉山秋葉寺本殿
明治19年秋大風の時、松の大木が倒れた為大破し、爾来仮堂であったが、大正8年新築、同9年秋落成式を行った。その記念碑が脇に建っている
・観音堂(成田堂)
峯本院6代良達法印が元文2年(1737)に建立。明治10年(1921)峯本院12代天野善応法印の時、成田不動尊を合祀した。不動尊の祭典は毎月28日
・太子堂
大正10年江尻町、庵原村、袖師村、飯田村、高部材互ケ町村の大工、左官、とび職等を以て組織する太子講の講員が共同建立して秋葉山に寄付したもので、建築関係者の守神聖徳太子を祀る。昭和29年9月大修理。
・忠魂碑
二つの忠魂碑と芳名碑が建てられている。
・明治37、8年戦没我死者忠魂碑 明治39年建立。
・忠魂碑及び芳名碑 日清日露の両戦争より太平洋戦争に至るまでの袖師地区戦没者233柱の英魂を合祀したもの。芳名碑には233柱全員の芳名が刻まれている。何れも昭和29年9月建立。
・纏殿(まといでん)
庵原郡及び清水市の消防団長、警防団長、消防組頭であった者、多年消防に尽力し、消防団長の推薦した者で組織された纏会により、昭和32年、今までの消防の象徴であった纏40余振を一括保存の為建立されたものである。
・開運地蔵堂
現在の秋葉会館の場所にあった地蔵を、昭和44年地元有志の手で新たに堂を建立安置した。3体の地蔵のうち真ん中の地蔵の台座に「元禄五年八月十五日 施主 西久保新田 善利」の刻字がある。毎年夏地元老婆連が中心になって祭りが催される。
