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(28)権現井戸跡

権現井戸跡

 天正10年(1582)徳川家康は武田討伐のため、駿河における武田の諸城を攻略し、兵を進めて当地に入り、上嶺の陣屋を占領して本陣とした。この時陣屋の付近に井戸を掘ったところ、鉱泉が湧き出した。冷泉ではあるが疾病に効果があったので、専ら傷病兵の治療に使用した。後匪これを権現井戸と称え、昔からここにこの鉱泉を利用して湯屋が営まれて来ていた。道路整備の為、今は道路の下になり見る事が出来ないのは残念である。

〔参照〕
権現井

庵原郡袖師村嶺字上嶺二在り往昔ヨリ里人伝ヘテ東照権現御洗足ノ一言泉ド云フ泉質硫黄水ニシテ一旦和燁シテ湯トナシ是二浴スレハ疾疫病疾等二功アリト云フ昔ハ此ノ処二一戸ノ旅龍アリ此ノ冷泉ヲ汲取リテ湯屋ヲ本業トナス浴客来道者頗ル多ク非常ナル繁昌ヲ呈セリト云フ然レドモ其ノ後廃セラレテ今ハ只井ノミ寂然トシテ昔ノ面影ヲ残セリ(袖師村誌より)

亀甲石
神明社の森の裏は、廬原西方東方へ江尻よりの往還なり、路の小石ことごとく亀甲のひびれあり、神の好ませ給ふ故なりと云「駿河志料(江戸末期)より」

袖師ふるさとの路((28)権現井戸跡

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