(2)嶺陣屋の松
嶺陣屋の松
嶺陣屋は、上嶺矢入光次氏宅から西南一帯がその跡である。永禄11年(1568)武田信玄駿河侵攻の時、本陣が置かれた所でその後、徳川家康の領地となり、宝永3年(1706)嶺村領主曽我伊子守の知行地となってからは幕末まで嶺陣屋として使用されていた。この裏門にあった松を袖師小学校の校門脇に移植したため、現在でも「陣屋の松」として町民に親しまれている。

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【補足説明】
嶺陣屋は幕末まで嶺村領主曽我伊予守の役所があった場所で、「ふるさとの路」では(26)で紹介されている。

▲追加画像
嶺陣屋の松は袖師小学校正門を入ってすぐ左側にある。写真の後ろに見える建物は袖師小学校の本館。