(17)波多打川
波多打川
庵原の茂畑に発し、横砂の東北境を流れて海に入る。庵原村境より下流は川の中心をもって興津清見寺町との境としている。昔は角田川(すみだがわ)或いは、はと打ち川などと呼ばれ歌枕の名所として名高い。正平6年(1351)サッタ山合戦の時、足利尊氏が旗を立てたので、それ以来旗打川と言うとも伝えられている。
戦前は、川の両岸に見事な桜が並び、近郷近在からチンチン電車やバスで、夜桜見物などをして楽しむ花見客で賑わった。

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