(14)東海道線袖師駅跡
東海道線袖師駅跡
袖師が浦は水漬く波静かで、古くから夏季遊覧の好適地として知られ、明治年間は、江尻波止場付近に海水浴場が設けられた。
江尻波止場拡張整備に伴い、海岸の埋め立ての計画が進められ、大正15年7月(1926)海水浴場を横砂海岸に移転するにあたり7・8月に海水浴シーズンに国鉄袖師臨時駅が開設された。
昭和4年、静鉄電車が相生町横砂間に開通し、次いで静鉄バス・富士山麓バスの路線の開通により、遠浅の穏やかな海岸が人気を呼び、富士や静岡方面からの家族連れや若者達であふれ大勢の海水浴客で盛況をきわめた。
海岸には、袖師町営の「海の家」や20軒もの桟敷が軒を並べ、戦後最盛期には、1日約10万人もの海水浴客で賑わったといわれるが、昭和34年(1959)の台風の被害による「海の家」の閉鎖、清水港湾改修工事による臨海道路の埋め立ての進行につれてしだいに衰微し、昭和39年(1964)国鉄袖師臨時駅も廃止されるに至った。
