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美濃輪町の「くの字」

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美濃輪町自治会館に隣接する空き地が「くの字」になっている。

辻町の「くの字」土地の記事を見たふるさと塾のメンバーが「美濃輪にも『くの字』がある」と教えてくれた。

現地に出向いてみた。次郎長通り商店街の中程にある「美濃輪町自治会館」に隣接する空き地の奥が、道路から見て右側に曲がっている。入江と同じ「くの字」だ。

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美濃輪町自治会館の建物も、土地に合せて途中から右に曲がって作られている。
 

他にも「くの字」がないか探索してみると、港橋から商店街に20mほど入った駐車場が「くの字」【拡大写真】になっていた。家が撤去され、駐車場として活用されている土地だ。

美濃輪町の「くの字」

港橋から次郎長通り商店街に入り、20mほど行った駐車場。奥に見える高層マンションは港町の「キララシティ」

途中から曲がっていること、道路から右方向という点は、入江町や辻町の「くの字」と同じである。

道路に面した商家や住居は、道路に対して斜めに建てられた。それが、昭和に入ってからの道路拡張で、道路に面した部分だけが土地の等価交換で真っ直ぐになり、奥の部分は、そのままで「くの字」になってしまった。・・・こんな経緯を、ふるさと塾では推理している。

美濃輪が入江や辻と違っているのは、家康が整備を命じた東海道ではないという点である。

入江、辻など東海道にあった「くの字」が美濃輪にもあった。「くの字」に家が建てられた理由を解く鍵は入江、辻、美濃輪にある共通項だろう。

真っ先に浮かんだのは交通量の多さだ。中世から近代まで、美濃輪町は清水湊に隣接し、人や物資の往来は東街道を勝るものがあったと思う。これだけでは「くの字」類似性の根拠にはならない。なにか、もっと別な共通項があるはずだ。

「鬼門よけ」という説も含めて、もう少し調べてみよう。

美濃輪町の「くの字」

美濃輪の商店街。入江の商店街は昭和の道路拡張で倍の広さになったというから、この道路も、大正時代までは現在の半分ぐらいの幅だったのかもしれない。

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