辻町の「くの字」

ふるさと塾のメンバーから「辻町にも『くの字』があった」という連絡があり、現場を見てきた。
江尻宿入口の木戸(見付)跡から東に100mほどの場所だ。倉庫だった場所が駐車場になり、「くの字」に曲がった土地がはっきり見えるようになっている。
入江で見付けた「くの字」と同じように、道路側から見ると10mほど奥から右側に曲がっている。駐車場の反対側も同じで、土地全体が「くの字」になっている。

入江の旧東海道沿いにある寿司屋に入り、奥を覗くと土地が右側に曲がっているのが判る。地元の人は、風よけ、鬼門避けなどいろいろな説明をしてくれた。
清水ふるさと塾では、江戸時代、各地の宿場町に見られた「斜交屋敷(はすかいやしき)」が、道路の拡張などで土地を等価交換し、家の入口が道路を直角になるようになったという解釈をしている。
江戸時代は戦国時代のような領主による覇権争いは終結していたが、百姓一揆は江戸時代を通じて発生しており、「天下太平」ではなかった。あくまで推測ではあるが、敵の襲撃から身を隠すため、三角形のスペースを家々の前に確保したという理解だ。

写真の信号の場所に江尻宿の木戸(見付)があった。入江の木戸と合せて宿場を警備していた。辻の斜行屋敷跡は、この信号から100m東側の駐車場で見ることができる。
入江の商店街で見つけた「くの字」は家々が軒を連ねていた時には気づかなかった。いくつもの空き地が目立つようになり、土地が「くの字」になっていることが判った。辻町の「くの字」での同じだ。郷土資料の新たな発見ではあるが、手放しで喜べない現実の重さを感じる。
ふるさとの歴史を知ることが、これからのまちづくりにストレートにつながるとは思っていないが、そうありたいという気持ちは、より強くなっている。今は無理だが、いつか、「何のためにやっているのか」という問いかけに、「未来のために」と答えてみたい。
