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第4回ふるさと塾ウォーキング報告(下)

江尻と庵原に小型の蒸気機関車を走らせた「庵原軌道」は大正2年12月に江尻―西久保間が開通している。その後、西久保―庵原金谷間の二次工事が行われ、大正3年5月に江尻―庵原金谷の全線が開通した。

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東海道線の開通は明治22年、江尻駅が現在の場所に移動したのは昭和元年である。昭和5年発行の地図では「江尻駅」は現在の清水駅と同じ場所に描かれている。明治から大正までの東海道線江尻駅は、現在の清水駅から南、線路がカーブしている所にあった。「漁師の踏切」を呼ばれる狭い踏切の付近になる。なぜ、この場所に最初の駅が作られたのは江尻波止場に一番近い場所だったからである。

起点となる江尻駅は、東海道線江尻駅の西側50メートルほどの場所にあった。現在の割烹「大花」の辺りになる。駅の近くには、清水で最初の常設映画館「敷島館」があった。清水銀座の入口でもあり、江尻宿の時代から、飲食店が並ぶ賑やかな場所だった。

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【地図C地点】乾医院から北を臨む

江尻から、現在のさつき通りを北に向かい、本郷を通り、辻町に向かう。辻交差点で左に大きく曲がり、矢倉通りを秋葉山方面に進む。

コンビニや眼鏡店がある辻町交差点から西への道は、12月の秋葉山大祭で両側に夜店が並ぶ参道である。だが、この道路は明治時代の地図には描かれていない。秋葉山への道は、この道路のひとつ南側、魚磯やトクナガコーヒーがある狭い道だった。

昭和5年の地図では秋葉山の入口は北街道側からとして描かれている。この入口は現在もあるが、参拝客は東側入口から入り、右に90度曲がって本殿に向かう。

秋葉山下の五叉路まで道路はほぼ直線である。矢倉神社を過ぎた5差路で、現在のバス路線と同じように庵原に向かう。路線バスが運行される道路だが、道はうねるようなカーブが続き、昔の街道の面影が残る。

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【地図D地点】スーパーサカマルの西隣。ガード下に「三角公園」と呼ばれる小さな公園がある。

新幹線のガードの手前でバス路線は左に曲がり鹿島神社に向かう。庵原軌道は、ここを直進し袖師中学校へ向かう。この道路は、付近の道路とは異なり直線だ。昭和5年の地図で見ると、線路の周辺は水田と畑しかない。道路がない場所に最短距離で敷設したのだろう。

新幹線のガード東側(写真では右側)にスーパー(現在はサカマルだが、その前はユーアイストアー)がある。この付近に西久保停車場があった。待合室や石炭の燃えかすを捨てる場所もあったという。

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【地図E地点】袖師中学校の北端道路。「神明前停車場」がこの付近にあった。西久保から進んできた蒸気機関車は、ここで左に曲がり庵原に向かう。

16日のウォーキングは、これから雨がひどくなる予報が出ていたこともあって、袖師と庵原の境目まで歩いたところで、予定を打ち切った。その代わり、予定にはなかった「神明古墳跡」を見学して、散会した。朝9時に波止場を出発してから約2時間半。途中、出会った地元の人に昔の様子を聞くこともでき、有意義で楽しいウォーキングとなった。

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