袋城ウォーキングのルート

20日に実施した袋城から江尻城、海船川を探索するウォーキングのルートを明治22年発行の地図上に書き入れてみた。港橋から出発し、入江商店街で解散したルートを黄緑色で示している。
地図は明治22年に発行されたものである。現在と比べ、道路だけでなく稚児橋から上流の巴川の湾曲が大きく異なっている。明治時代には、江尻城の痕跡がはっきり残っていたことが判る。まだ暗渠になっていない海船川を赤で書き込んだ。
ドリプラ駐車場で開かれている「あっ朝市」の櫻珈琲青テント前を出発し、港橋を渡り巴川右岸に出る。おいべっさん(西宮神社)から川沿いに歩き、上総稲荷神社にある「旧袋城の石」を見た。そのまま川沿いに歩く。千歳橋から上には右岸を歩けないので、橋を渡り左岸を江尻に向う。
左岸をそのまま歩き、稚児橋の袂に出る。右折して清水銀座方面に向い、すぐにある信号を左折で魚町稲荷に出る。隣接する江尻小学校の周囲を歩き、再び巴川に出る。
護岸の正面に海船川の暗渠を見て、国道1号線の巴川橋から入江に入る。海船川の暗渠を辿って進み、入江商店街に出た所で解散した。

コメント
袋城について大きさや位置を想定できる決定的な文書や絵図がありませんので、研究者が想像力を駆使して書いています。それがまた、袋城の魅力のような気がしてます。
磯波 | 2008年07月25日
はじまして、eブログのやたさんと言います。
以前、富士見町の店に居た私は、出前などの途中に黄色のペンキで書かれた袋城の石を見て気になり、ほんの少し調べた事がありました。
前記事に出ている物と同じ文献だったと思いますが、築城方もめずらしいものらしく、ただ石をあんな形で置いたままでよいのかと頭の何処かでひっかかっていました。武田水軍の拠点あったわけで、言い換えれば、清水港の起源なのではと・・江尻城、三ノ輪稲荷、などは、資料も多く有るようですが、浜清水袋城は忘れられているようですね。あの石に興味を持った方がいる事を知り久しぶりになんとなく高揚しました。
We Love Simizu(みにまむさん)から、寄らせていただきました。
やたさん | 2008年07月24日